2020

● 映画館で観たフェイバリットムービー・2020

ジョジョ・ラビット (2019)
ザ・ピーナッツバター・ファルコン (2019)
ソナチネ (1993)
AKIRA (1988)
東京上空いらっしゃいませ (1990)
ベイビー・ドライバー (2017)
ダークナイト (2008)
サマーフィルムにのって (2021)
二人ノ世界 (2017)
Mank マンク (2020)

 

● フェイバリットディスク・2020

 

See You Next めっちゃホリディ

 

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2018

George Clanton / Slide
Bill Ryder-Jones / Yawn
Sandro Perri / In Another Life
Joji / Ballads 1
5lack / Keshiki
odd eyes / Self Portrait
Jun Kamoda / S.T.
マーライオン / ばらアイス
本日休演 / アイラブユー

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今年が自分にとってどんな年だったかと考える。震災が終わった年だと思った。2011年3月11日の震災。ずっとその延長線上で生きてきて、今年、その線が途切れて消えたような感覚があった。私が大学生になったのは震災から1ヶ月後のことだった。言うならば大学生だった頃の自分が過去になって、無くなってしまった年だったのだと思う。

夏、大学のサークルのOB・OGが一同に集まる機会があった。当時から付き合っていた部員同士が結婚するとのことで、そのお祝いも兼ねた集まりだった。一番最初にその報告をLINEで聞いた時、その嬉しさに自分でも驚くほどの高揚感を覚えた。プレゼントは何にしようかと考えて、真っ先に思い浮かんだものが一つあった。大学生の頃、後に結婚する2人と自分の3人でコピーバンドを組んで、幾度となくサークルでライブ演奏をしていたandymoriのアナログレコードだ。しかし、ヤフオク、メルカリ、Discogs。探せども探せども見つからない2週間。諦めの感情が滲み出そうになったその時、奇跡のようなタイミングで吉祥寺のココナッツに入荷の報せ。その翌日、自分の足は店へ向かっていた。JR中央線の高架下、いぶきうどんの前を早足で通り過ぎる。まだ売り切れていないでくれ、と逸る気持ちを推進力にずんずんと前へ進む。そして、店舗の前に到着した。心臓の鼓動を強く感じながら、意を決して店のドアを開け、半地下の階段を降りる。間も無く、お目当てのレコードが視界に飛び込んできた。体育座りの3人がこちらを見つめる黄色いジャケのレコード。棚からレコードを手に取り、確かめるように裏と表と何度もひっくり返すひととき。会計の前に店員さんに声を掛け、ヘッドホンを借りた。手に握った汗をズボンで拭い、レコードの盤を取り出す。試聴用のターンテーブルに乗せ、ヘッドホンを装着する。針を落とす。たった8分弱で終わってしまうA面。レコードが鳴らすロックンロールに耳を傾けながら、かつて大学生だった日々を思い返しては、自分の望みとは裏腹に綺麗に美化された思い出へと変わっていってしまうように感じ、切ない気持ちになった。

秋、函館の映画館で「きみの鳥はうたえる」、兵庫・宝塚の映画館で「寝ても覚めても」を鑑賞した。自分の直感で作品のロケ地(の近く)に行って映画を見たのだけれど、そのような行動を取った本当の理由は、映画のフィクションの中に自分が溶け込んでしまいたかったのだと思う。

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8月から新しいブログを始めました。ミュージシャンの方がパーソナリティを務めるラジオ番組の選曲を逐一記録するブログです。選曲を掲載すると同時にApple Musicのプレイリストも作成し、併載しています。ラジコのタイムフリー期間の1週間が過ぎた後でもその時のオンエアを振り返れたらいいなと思い、始めました。完全に趣味のブログですが、よかったらご覧ください

 

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「本当の心は 本当の心へと 届く」
という歌詞の一節が自分の中に貼りついてずっと離れなくなってしまい、意を決して東京国際フォーラムにて開催されたライブへ行ってきました。

ホールの照明が暗転し、カウントダウンの後、1曲目に演奏されたのは「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」、まさにその曲でした。今回のライブでキーボードを担当したのは「アルペジオ」のシングル盤でオルガンを演奏した西村奈央さんという方で、自然体でありながら才気が溢れ出る演奏にライブ全編を通してずっと目が離せませんでした。ゲストではなく、バンドメンバーの1人としてステージに立った満島ひかりは完全にボーカリストで、総勢36名のメンバーの中にコーラス(隊)はいなかったのですが、その不在をポップスの歌心を持つキーボードの演奏が大きくカバーしていたように感じました。

序盤はカルテット編成だったストリングスが20人超のフル編成となって演奏された「ぼくらが旅に出る理由」。服部隆之が指揮を執り、まとめ上げられた弦楽合奏は大きなホールの全体を満たすように広がっていきました。新しいゴジラの身体から発せられた放射熱線のように、天井からのライトを手鏡で客席に反射させる満島ひかりとともに演奏された「あらし」は披露された楽曲の中で一番ダーク且つスロウな曲で、バンドの骨格となるベースとドラムスの骨太さを浮き彫りにしていました。

ライブの後半は"ファンク交響楽"のスーパーバンドの真骨頂と銘打たれ、ベースのグルーヴが強い楽曲を次々とシームレスに演奏されました。ただ、すべての曲で36名全員が自らの楽器を演奏する訳ではなく、ホーン隊のパートがない場面ではイスの役割を果たしているカホンをそれぞれのリズムで叩いたり、ストリングスの演奏が無い「東京恋愛専科」ではシャボン玉を吹き、サビでは振り付けを揃えて踊っていて、そんな様子が不思議となぜだか泣けてしまいそうになる瞬間でした。

そのコーラスのフレーズを繰り返すイントロから、メドレーの最後に演奏されたのは「ある光」。満島ひかりの腕の中には赤いテレキャスターディストーションで平らに歪んだギターの音色とともに楽曲が披露されました。メドレーを終え、一瞬息を整えたあと「よし、やりましょう」と声を掛け、ドラムのカウントから「流動体について」。演奏を終えると「アンコールも、よろしく!」と気丈に言葉を残し、一旦ステージを降りる形でライブの本編が終わりました。

アンコールの1曲目は「流れ星ビバップ」。終演後に音楽ナタリーが生配信したPeriscopeで語られた「アルペジオ」のオルガンのレコーディングに至った経緯の話を聞いたとき、改めての感動がありました。そして、その話を知らないままライブで見ていた「流れ星ビバップ」のキーボードの演奏は、心の底から気持ちを躍らせるものでした。

そして、アンコール最後の曲は本編の1曲目と同じ「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」。演奏を終えると、ライブが始まったときと同じようにこれからカウントダウンを行い、ライブを終える旨が説明されました。日常と非日常、その間に自ら線を引くということは、日常と非日常の両方が現実であることを自己認識するための手段なのではないか、と自分は思いました。そして、この手段を観客に提示した小沢健二という人の誠実さを強く感じました。

「5、4、3、2、1、生活に帰ろう」
ホールを照らしていた照明が消え、客電が再び点くまでの間、観客の大きな拍手は暗闇の中のステージに向けられました。

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年の終わりの纏めとて (2017)

 JR中央線各駅停車、千駄ヶ谷駅信濃町駅の間、一瞬だけ南側の車窓から、建設中の新国立競技場が見える瞬間がある。夏の頃は赤と白のクレーンが数多く屹立している様子が印象的だったが、いよいよスタジアムの客席部分も2階、3階、4階と組み上がってきた。ただ、この工事現場を眺めるたびに思いを馳せるのは、2年半後の未来ではなく、今年7月の報道、工事の現場監督を任された23歳の新入社員が自らの命を絶ったというニュースだ。生きていた頃の彼の心境を察して、自分の心も押しつぶされそうな気持ちになった。生き続けていて欲しかった。

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 12月20日、ミツメ「エスパー」の7inchを探し求めて、関東近郊を駆け回る。大宮から柏へ向かうため、東武野田線に初めて乗車した。春日部駅、電車の窓の外にあった匠大塚とサトーココノカドーの看板に少しだけ胸が躍った。関東近郊のディスクユニオンには、レコードを持っていた人の暮らしの欠片の感じがより濃く出ているように感じる。自宅のレコード棚からひとつかみで売りに来た、そのイメージが浮かび上がった。その後千代田線を経由して下北沢、原宿、渋谷とレコード店を巡るもなしのつぶて。結局「エスパー」の7inchは手に入れられなかったものの、色々なお店を巡りレコードを掘って楽しかったから良いか、と思った。

 渋谷クラブクアトロにて開催された、どついたるねんの無料ワンマンライブへ。小林4000とファック松本の脱退の一件があって、正直冷静な気持ちでライブを見ることは出来なかったのだけれど、ワトソンの変わらないギラギラした眼差しを見て、笑って、少しだけ安心した。物販で買ったワトソンwithチーム蟹工船のライブ音源がとても良い。年間ベストディスク。

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 乗車率100%超の新幹線で1000%SKYのアルバムを聴く。藤村頼正(シャムキャッツ)のドラムは青空を押し広げていくように力強く、言い得て妙のバンド名だと思う。カーステレオで聴きたい一枚。2018年は車を買いたい。いっそレンタカーでもいい、遠くへ行きたい。

 新幹線を降りる。中学・高校の6年間を暮らした街の駅前の風景が広がっている。大学生の頃、この街に帰省した時、CDショップの試聴機で展開されていたスカートの「エス・オー・エス」を購入したことを思い出した。そのCDショップへ入る。ぐるりと店内を一周して、直ぐに店を出た。雪が舞う空を見上げながら、実家へ向かった。

#20171214 Shinkiba

 新木場スタジオコーストにて開催された、スピッツとVINTAGE ROCKが共催するライブイベント「新木場サンセット2017」へ。例年7月〜9月の夏フェスシーズンに開催されていた本イベントだが、今年はバンド結成30周年を記念した全国ツアーがあったため、初めて12月の冬開催となった。日没の時刻はとうに過ぎた12月14日の18時、新木場サンセット2017の2日目が開演した。

 1番手、スタジオコーストのメインステージである8823ステージに登場したのはTHE COLLECTORS。古沢"cozi"岳之による力強いドラムのビートの勢いに乗って「東京虫バグズ」「MILLION CROSSROADS ROCK」が演奏される。続けて「TOUGH」が披露された後、ボーカルの加藤ひさしは「オープニングアクトザ・コレクターズです!」と観客に挨拶し、新木場サンセット"常連"として毎年呼んでもらうスピッツに感謝の思いを述べた。新譜「Roll Up The Collectors」の楽曲「ロマンチック・プラネット」の演奏を終えた後、加藤は「去年の新木場サンセットに来たって人、どれ位いる?」と観客に挙手を促すと、挙がった数の多さに「こりゃあ、バックれられないな…」とバツが悪い表情で呟いた。「去年のMCで、スピッツは自分のイベントなのに『ロビンソン』をやらない、という話になって。じゃあ代わりにザ・コレクターズが『ロビンソン』を歌おうじゃないか!という約束を去年ここでしまして、」「さっきリハで歌ってたらマサムネ君に2番の歌詞が間違ってるって指摘されちゃって…みんなスピッツのファンだから歌ってくれるよね?よろしく頼むよ!」というMCの後、「ロビンソン」のカバーが披露された。ザ・コレクターズの楽曲の演奏とは打って変わって、古市コータローは手元をじっと見つめながら丁寧にギターのアルペジオを奏でた。そして「希望の舟」の後に披露されたのは、活動初期の楽曲「NICK! NICK! NICK!」。ストレートなロックナンバーであるこの楽曲の演奏に、30年超のキャリアを重ねるザ・コレクターズの今なお古びることのない初期衝動があった。最後に「ノビシロマックス」が演奏され、ザ・コレクターズの4人はステージを後にした。

 メインの8823ステージの下手側フロア奥にある3373ステージ。ザ・コレクターズの終演から間を空けず、お揃いのピンクの衣装に身を包んだ4人組、CHAIが登場した。1曲目に演奏されたのは「Sound & Stomach」。ユナによるドラムの出音の割合が大きい独特なサウンドプロダクションに、ポストパンクを彷彿とさせる格好良さがあった。ドスの効いた声でキーボードのマナがラップを繰り出した「ヴィレヴァンの」の後には、マドンナの楽曲「Material Girl」の替え歌に乗せて、1stアルバム「PINK」の宣伝が行われた。その後「トム・クルーズに壁ドンされたい!バット、ハンサム・ボーイ・イズ・バッド・ボーイ!」というマナの発言をベースのユウキが戸田奈津子よろしく日本語に翻訳するMCから「ボーイズ・セコ・メン」、そして「N.E.O.」が披露された。「おい!ヒゲとメガネ!お前らちゃんとやってないの見えてるぞ!」と観客全員のブーイングを促した後に「ぎゃらんぶー」、最後に「sayonara complex」が演奏され、CHAIのライブが終演した。

 続けて、ホラ貝の音色をSEにステージの幕が開いたレキシ。ホーンセクションを含む総勢6名のサポートメンバーはステージ中央の池田貴史を囲むように半楕円状に一列に並んでいる。公式グッズである稲穂のレプリカを意気揚々と掲げて振る観客に対し、池田は「まだその曲じゃないから!きっと後で自由に稲も振れるはずだから!収めてください」と制した。「大きな力で〜(ロビンソン) イベントに呼んでいただきました、レキシです!よろしくお願いします!」と1曲目に披露されたのは「きらきら武士」。観客が腕を挙げて左右に動かすハンドウェーブが会場の一体感を生み出した。続く「KATOKU」では、楽曲のキメに合わせて池田が振り向く様子に、観客の黄色い歓声が上がった。そして、池田は衣装である着物の上に重ねて十二単を羽織り「SHIKIBU」が披露された。最後に演奏されたのは「狩りから稲作へ」。曲中、スピッツの「涙がキラリ☆」の稲穂バージョンの替え歌も織り交ぜられ、フロアに数多くの稲穂が枝垂れる中、レキシのライブが幕を閉じた。

 「2016年4月22日振りの皆さん、こんばんは、スカートです」とギターボーカル澤部のMCからスカートのライブが始まった。1曲目は「ストーリー」。後のMCで、直前に出演したレキシと自分たちを比較して、「エンタメには生真面目で立ち向かうしかない」と冗談交じりに澤部は語った。その発言を体現するように、端正なポップスを丁寧に演奏していくライブになった。新譜「20/20」から「さよなら!さよなら!」と「視界良好」が披露される。「不思議な縁がありまして、『みなと』のレコーディングに口笛で参加させて頂いて、ミュージックステーションに一緒に出させてもらって、そして今日、このイベントに呼んで頂いて、感謝しかないです」とスカート・澤部渡のスピッツとの関わりに対する感謝の思いが語られた。そしてドラマ「山田孝之のカンヌ映画祭」のエンディングテーマとなった「ランプトン」と「CALL」、「すみか」が続けて演奏された。「mitsume」とデザインされたタオルで汗を拭った後、来年の3月に渋谷クラブクアトロにて開催されるワンマンライブの告知が行われた。その後に演奏されたのは「回想」。清水のグルーヴを醸し出すベースに、佐久間のドラムハイハットとシマダボーイのパーカッションが裏で刻むリズム。佐藤によるメロウなキーボードが演出する楽曲のムードに乗せて、澤部はギターのカッティングを刻みながら、ファンクネスな譜割りで歌唱した。そして最後に「静かな夜がいい」が演奏され、スカートはステージを降りた。

 転換を終えたステージの幕が開き、スピッツのライブが始まった。1曲目は「死神の岬へ」。本曲が収められた1stアルバム「スピッツ」のジャケットと同じく、青色の照明にメンバーは照らされた。続けて披露された「みそか」。2ビートで曲が勢いづくサビに展開すると、ベースの田村は飛び跳ね、ステージを駆け回りながらの演奏を見せた。MCでは、今日の新木場サンセットに出演した4組への感謝と、それぞれのアーティストに対する思い入れが語られた。また、ザ・コレクターズが「ロビンソン」をカバーした際、加藤が「スピッツの曲はキーが高い」と発言したことに対し、マサムネは「コレクターズも結構キーが高いんだよ」と話し、ザ・コレクターズの「青春ミラー」の一節をアカペラでカバーする一幕もあった。多くの観客が飛び跳ねる盛り上がりを見せた「野生のポルカ」と「歩きだせ、クローバー」の演奏を終えると、「最近やっていなかったから」とメンバー紹介が行われた。「今日誕生日です、おめでとう」と紹介されたサポート・キーボーティスト、クジヒロコは、「お気づきでしょうか、ピンクの衣装。30年前なら私もCHAIに入れたかな?」と軽妙なジョークで会場を温めた。アルバム「醒めない」の収録曲「子グマ!子グマ!」に続けて披露されたのは、ポルノグラフィティの楽曲「アポロ」のカバー。演奏を終えると、「昨日のライブ(新木場サンセット1日目)の後、気付いたんだけど、自分たちが正直に歌うなら『僕らの生まれてきた ほんのちょっと後だけど』なんだよね」「1969年だからね」とマサムネとテツヤによる冷静なツッコミが入れられた。そして、崎山のドラムスティックの4カウントから「三日月ロック その3」と「8823」に続けて、ライブ本編の最後に演奏されたのは、今年発売された30周年ベスト盤に収められた新曲「1987→」。バンドが結成された頃の初心に立ち返った気持ちで製作されたこの楽曲の演奏には、30年のキャリアを経てもなおスピッツが放ち続けるフレッシュな爽やかさがあった。

 アンコール。観客の拍手に応えてステージに登場したメンバーの手には、レキシのグッズ、稲穂のレプリカがあった。その様子に応えるように観客は稲穂を掲げた。マサムネは稲穂を手に「Aメロは横にこう揺らして、サビは前後にこう、ね」と観客にノり方を指南した後に、演奏されたのは「稲穂」。フロアに揺れる多くの稲穂は、橙色の照明に照らされた。最後に「稲穂」がカップリングとして収められたシングルの表題曲「さわって・変わって」が演奏され、スピッツのライブは幕を閉じた。ライブ終演後、稲穂やドラムスティックをフロアの観客に投げ込むメンバー。マサムネがギターピックを投げると、フロア中央にいた自分の方向へ飛んできた。思わず腕を伸ばすと、ピックは自分のちょうど手の平の中へ。しかし、勢いよく飛んできたピックは、そのまま自分の手の平を弾いて、フロアの人混みの中へ消えてしまった。運良く飛んできたピックをキャッチ出来なかった自分の運動神経の無さを少しだけ恨みながら、帰路に着いた。

#20171203 Enoshima

 朝、目が覚める。ベッドから身体を起こそうとした瞬間、背中に痛みが走った。もがきながら枕元のスマートフォンを手に取り、「肩甲骨 右 痛み」で検索を掛ける。先日に受けた健康診断で数値の悪かった部分と一致する症例が出てきた。「…いやいや、単に寝違えただけだろう」と自分自身に言い聞かせる。自分の心を落ち着かせるように、ベッドのマットレスを180度回転させた後、新宿駅へ向かった。

 ブロンズ色のロマンスカー複々線工事の様子が垣間見える地下区間を抜けると、窓の外には一面のサバーバンが広がっていた。しかし、背もたれに身体を預けることもままならなかった自分は、車窓の景色に目を向けながらも、「肩と腰の痛み、辛いですよね」という言葉からラ・マンチャの男に思いを馳せ、気を紛らわせていた。

 終点の片瀬江ノ島駅ロマンスカーを降りる。江の島弁天橋を歩いて渡り、江の島へ上陸した。島をぐるりと一周、という気分になれるはずもなく、「天然温泉」の看板を掲げる江の島アイランドスパへ入った。

 江の島アイランドスパは屋内浴場と水着着用の屋内スパ、屋外スパの大きく3つのエリアに分かれている。この内、屋外スパは12月以降の冬期は営業を休止しているとのことだった。水着のレンタルも可能だったが、今回は屋内浴場で湯治に励むことにした。屋内浴場へ入る。中の様子はスーパー銭湯というよりも、観光ホテルの大浴場と呼ぶに相応しい雰囲気だった。窓からは冬の澄み切った空に、湘南の海と藤沢の街並みが一望できる。天然温泉の湯船と炭酸泉の湯船を行ったり来たりしながら、水面に反射する照明の光のゆらぎを眺め、湯に浸った。

 アイランドスパを出て、江の島を後にする。背中の調子もだいぶ楽になった。日も暮れかかった江の島弁天橋。西の空にはマジックアワーの青と橙のグラデーション。そして、その手前には夕日の逆光を浴びる富士山の姿が浮かび上がっていた。橋を渡る観光客の多くは西の夕景をカメラに収めていたが、東の夜空にはスーパームーンの大きな満月が燦然と輝いていた。

 湘南の海岸沿いを車が走る国道134号と、江ノ電江ノ島駅から江の島へ続く道路が交わる江の島入口交差点。その角に建つビルディング・江の島ビュータワーの4階にあるお店、江の島オッパーラにて開催されたイベント「江ノ電」へ。

 入場して間もなく、バレーボウイズのライブが始まった。オッパーラにライブハウスのようなステージは無く、館内奥に構えるDJブースの手前、フロアレベルに楽器を並べてライブが行われる。全員にボーカルマイクが立てられた7人のメンバーは、決して広くないライブスペースで肩を寄せるように演奏を行った。ライブで彼らが放った、若さの煌めきの、その真っ只中に自分も巻き込まれてしまうような気持ちになった。

 北沢夏音による幕間のDJを挟み、2番手に登場したのはキイチビール&ザ・ホーリーティッツ。オッパーラには一般的な前方左右のスピーカーに加え、フロア後方にも左右2つのスピーカーが設置されている。その後方スピーカーの前に立ち、背中に出音を感じながらライブを鑑賞した。「自分は岩手の海沿い、大船渡の出身なんですけど、海が望めるこの場所でライブが出来るのは嬉しいです」とキイチビールは話した。オッパーラの窓の外にある海辺は夜の暗闇に消えてしまっていたが、その海岸線は行き交う車のヘッドライトに照らされていた。

 キイチビール&ザ・ホーリーティッツがライブを終えると、DJブースにはココナッツディスク吉祥寺店店長の矢島和義が入った。トリの開演を待つフロアの熱を高めていくDJプレイ。選曲に応えるように、バーカウンターの奥にあるブラウン管テレビではザ・ブルーハーツのライブ映像が再生されていた。

 そして今回のイベントの主催、台風クラブのライブが始まった。ギターとボーカル、ベースにドラムとそれぞれのコーラス。シンプルな3ピースのバンド。ガレージサウンドのロックンロールにポップなメロディ。曲を重ねる度に、メンバーの額には少しづつ汗が噴き出していた。観客の熱気は100℃に達する直前のお湯のようにグラグラと沸き立っていた。ライブ終盤、「あと2曲で終わりです、汗かいて、楽しんで帰ってください」というMCの後、演奏された2曲の盛り上がりには、オッパーラの空間に収まりきらないほどの熱狂があった。

 観客の鳴り止まない拍手に、台風クラブは4回もアンコールに応えた。4回目のアンコールを終えると、「もう永遠に拍手止めないでしょ」と笑い、来年1月に新宿ロフトで開催される台風クラブ主催のオールナイト・イベントの告知を行い、ライブの幕を閉じた。

 ライブの翌日、昼休みにレコード店へ行くと、新品の「初期の台風クラブ」のLP盤があった。中古CDコーナーに並んでいたGUIRO8cmCDシングル4種も手に取り、「音楽の神様って本当にいるんだな」と思いながらレジへ向かった。