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8/5 / 映画「シン・ゴジラ」雑感

# ネタバレ有り

「シン・ゴジラ」の一番の魅力は、作品の中で余計な間を持たせず、次々にカットが変わることによる、テンポの良さである。それは閣議の場面や巨災対の部屋の中での場面など、室内のシーンにおいて顕著な傾向にある。室内で唯一、長い間カットの変わらない場面は、霞が関から離れた新しい官邸へ主人公・矢口が足を踏み入れた後、内閣関係者との会話が交わされたシーンだ。このシーンを境に、作品は掲げられたキャッチコピーの通り、現実(ニッポン)が虚構(ゴジラ)へ真正面から対峙する物語となる。

本作品において、ゴジラを除く全てにおいて徹底的な現実性が追求された。そして、ゴジラに対しては徹底的な非現実性が追求されたように感じる。観客として一番の衝撃を受けたシーンは、ゴジラの眼球がその姿と共に初めてスクリーンに映し出されたシーンだ。市民が逃げ惑う姿に目を奪われた後に、観客は真正面から迫り来るゴジラと否応無しに視線が合う。ただゴジラに背を向けて逃げることしかできない、という絶望を抱かせるには十分過ぎるシーンだったと感じる。

本作品のストーリーの大いなるバックボーンとして、宮崎駿風立ちぬ」が挙げられる。野村萬斎演じるカプローニが、庵野秀明演じる堀越二郎へ贈った「創造的人生の持ち時間は10年だ、君の10年を力を尽くして生きなさい」というメッセージに重なる言葉が本作品中に登場する。そして「風立ちぬ」の演技指導において、宮崎駿野村萬斎に「カプローニは堀越二郎にとっての"メフィストフェレス"だ」と説明した。この"メフィストフェレス"は「シン・ゴジラ」中のゴジラ像を的確に示している。本作品において庵野秀明ゴジラモーションキャプチャー役に野村萬斎を指名したことの因果はここにあると推測される。

本作品のエンドロールでは莫大な量の出演キャスト及び製作スタッフ、協力各位が名を連ねる。その全てが「シン・ゴジラ」という作品に結実している事をここに断言したい。