#20171203 Enoshima

 朝、目が覚める。ベッドから身体を起こそうとした瞬間、背中に痛みが走った。もがきながら枕元のスマートフォンを手に取り、「肩甲骨 右 痛み」で検索を掛ける。先日に受けた健康診断で数値の悪かった部分と一致する症例が出てきた。「…いやいや、単に寝違えただけだろう」と自分自身に言い聞かせる。自分の心を落ち着かせるように、ベッドのマットレスを180度回転させた後、新宿駅へ向かった。

 ブロンズ色のロマンスカー複々線工事の様子が垣間見える地下区間を抜けると、窓の外には一面のサバーバンが広がっていた。しかし、背もたれに身体を預けることもままならなかった自分は、車窓の景色に目を向けながらも、「肩と腰の痛み、辛いですよね」という言葉からラ・マンチャの男に思いを馳せ、気を紛らわせていた。

 終点の片瀬江ノ島駅ロマンスカーを降りる。江の島弁天橋を歩いて渡り、江の島へ上陸した。島をぐるりと一周、という気分になれるはずもなく、「天然温泉」の看板を掲げる江の島アイランドスパへ入った。

 江の島アイランドスパは屋内浴場と水着着用の屋内スパ、屋外スパの大きく3つのエリアに分かれている。この内、屋外スパは12月以降の冬期は営業を休止しているとのことだった。水着のレンタルも可能だったが、今回は屋内浴場で湯治に励むことにした。屋内浴場へ入る。中の様子はスーパー銭湯というよりも、観光ホテルの大浴場と呼ぶに相応しい雰囲気だった。窓からは冬の澄み切った空に、湘南の海と藤沢の街並みが一望できる。天然温泉の湯船と炭酸泉の湯船を行ったり来たりしながら、水面に反射する照明の光のゆらぎを眺め、湯に浸った。

 アイランドスパを出て、江の島を後にする。背中の調子もだいぶ楽になった。日も暮れかかった江の島弁天橋。西の空にはマジックアワーの青と橙のグラデーション。そして、その手前には夕日の逆光を浴びる富士山の姿が浮かび上がっていた。橋を渡る観光客の多くは西の夕景をカメラに収めていたが、東の夜空にはスーパームーンの大きな満月が燦然と輝いていた。

 湘南の海岸沿いを車が走る国道134号と、江ノ電江ノ島駅から江の島へ続く道路が交わる江の島入口交差点。その角に建つビルディング・江の島ビュータワーの4階にあるお店、江の島オッパーラにて開催されたイベント「江ノ電」へ。

 入場して間もなく、バレーボウイズのライブが始まった。オッパーラにライブハウスのようなステージは無く、館内奥に構えるDJブースの手前、フロアレベルに楽器を並べてライブが行われる。全員にボーカルマイクが立てられた7人のメンバーは、決して広くないライブスペースで肩を寄せるように演奏を行った。ライブで彼らが放った、若さの煌めきの、その真っ只中に自分も巻き込まれてしまうような気持ちになった。

 北沢夏音による幕間のDJを挟み、2番手に登場したのはキイチビール&ザ・ホーリーティッツ。オッパーラには一般的な前方左右のスピーカーに加え、フロア後方にも左右2つのスピーカーが設置されている。その後方スピーカーの前に立ち、背中に出音を感じながらライブを鑑賞した。「自分は岩手の海沿い、大船渡の出身なんですけど、海が望めるこの場所でライブが出来るのは嬉しいです」とキイチビールは話した。オッパーラの窓の外にある海辺は夜の暗闇に消えてしまっていたが、その海岸線は行き交う車のヘッドライトに照らされていた。

 キイチビール&ザ・ホーリーティッツがライブを終えると、DJブースにはココナッツディスク吉祥寺店店長の矢島和義が入った。トリの開演を待つフロアの熱を高めていくDJプレイ。選曲に応えるように、バーカウンターの奥にあるブラウン管テレビではザ・ブルーハーツのライブ映像が再生されていた。

 そして今回のイベントの主催、台風クラブのライブが始まった。ギターとボーカル、ベースにドラムとそれぞれのコーラス。シンプルな3ピースのバンド。ガレージサウンドのロックンロールにポップなメロディ。曲を重ねる度に、メンバーの額には少しづつ汗が噴き出していた。観客の熱気は100℃に達する直前のお湯のようにグラグラと沸き立っていた。ライブ終盤、「あと2曲で終わりです、汗かいて、楽しんで帰ってください」というMCの後、演奏された2曲の盛り上がりには、オッパーラの空間に収まりきらないほどの熱狂があった。

 観客の鳴り止まない拍手に、台風クラブは4回もアンコールに応えた。4回目のアンコールを終えると、「もう永遠に拍手止めないでしょ」と笑い、来年1月に新宿ロフトで開催される台風クラブ主催のオールナイト・イベントの告知を行い、ライブの幕を閉じた。

 ライブの翌日、昼休みにレコード店へ行くと、新品の「初期の台風クラブ」のLP盤があった。中古CDコーナーに並んでいたGUIRO8cmCDシングル4種も手に取り、「音楽の神様って本当にいるんだな」と思いながらレジへ向かった。